予防看護のビジネスづくり <menu>をご覧ください ↓

menu

Rinko Yamasaki

“看取り”の主人公は誰?より良い看取りのために

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 

心理学講師の看護師が書くブログです。
心身ともに健康であるための生き方について書いています。

 

 
高齢者さんが増えて看取りを在宅や施設で行うことが多くなってきましたが、「看取り」という言葉はこれまで定義されたことがありませんでした。1980年以降病院で最期を迎えることが普通になり、病院では最期まで対症療法を行うため、病棟看護師の認識では「看取りは最期の2~3日」というイメージです。とくに積極的な施しをせず、見守るだけというのが看取りです。

 
ですが過剰な延命によって、生きながらえさせるだけの医療行為になり兼ねない昨今。とくに介護では「看取り」は延命処置をするかしないか(入院するかしないか)を決めるための言葉になりつつあります。それを元気なうちに考えておかねばならないという、難しい問題に社会は直面しています。

 
「看取り」多くの場合、医療・介護従事者の立場で使われる言葉です。「より良い看取りとは?」「この人にとってどういう看取りがいいのか?」と看取りについて考えます。その主語は誰でしょうか?「看取り」は、看る側=介護従事者を主体とした言葉ですね。では「看られる側」は最期に何を考えているか、その立場で考えられる人がどれくらいいるでしょうか。看取られた経験のない看護師・介護士が、看取られる側に立って考えるのはとても難しいと思います。

 

 

 

 

 

 

1.存在は目的ありき

意識的であれ、無意識的であれ、私たちは必ず目的に向かって行動しています。朝目が覚めて布団から出て歩き出すのも、朝ごはんを食べるのも、会社に行くのにも目的があって行なっています。目的がなければ人と会う必要も、人と関わる必要もないはずなんですね。もし完全に目的を失ってしまった場合、人は1年半ほどで死んでしまうそうです。目的を失うと存在そのものの意味が失われてしまうのですね。

 

 

 

 

 

 

2.高齢者の歩行訓練の難しさ

介護施設や在宅介護では、足腰の機能低下を予防するための訓練を行いますが、高齢者さんはなかなか続きません。看護師や介護士や理学療法士が何度も説得したり、うまい理由で誘い出すなどしなければなかなか動かない状況です。今日はいいわ、今日は調子が悪いから、今日はお風呂の日だから、今日は子供が来るから…など、いろいろな理由をつけて訓練を休もうとします。面倒になっているのが明らかです。

 
それは仕方がないことです。歩行訓練をしたからと言って、元気な頃のように友だちと旅行ができたり、家族で遠出をしたりデートをしたり…ということは不可能な状態です。満足できない「今」を維持するための訓練に、やる気が持てるでしょうか?あなたならどうですか?未来がなければ、自分のことなどどうでもよくなってしまうのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

3.“畳の上で大往生”は違ってた?

「畳の上で大往生」の本を出版し、全国各地で講演を行い、何十万人・何百万人に“畳の上で大往生”を広めてきた早川一光先生が亡くなられました。早川先生はご自身が癌の末期になって自宅で過ごされている間、ずっと(本当にこれでよかったのか?)と葛藤されていました。その様子がETV特集で放送されていました。先生が葛藤していたのは何だったのでしょう?

 
真相は明示化されていませんが印象に残ったのは、肺炎を再発しないために予防措置としての点滴入院するシーン。また、自分が呼吸困難になったとき病院に運んでもらうかどうかの決断…畳の上で大往生するための予防入院はおかしいのではないか?とか、いざ自分が呼吸困難に陥ったとき家族が黙って見ていられるか?とか、葛藤が絶え間なく続いていました。自分が「元気なときに想像する看取り」と、「実際に看取りの状態になったとき」とでは、予想外の景色が広がっていたようです。

 

 

 

 

 

自分の死期が分かると、その先の目的が絶たれます。
目的を失った人は、今の自分へのこだわりがなくなります。
そして本来の看取りである最後の時期になると、家族や身近な人たちのことを考えるのです。
自分が亡くなった後…を想像して。

 
病院では患者さんが亡くなっても涙を流さない看護師がいます。
もしかすると泣いてはいけないと教えられたのかもしれません。
業務に差し障りがあるから…?

 
看取りを考えるなら逆です。
亡くなった人のために泣くのではなく、家族のために泣くのです。
介護者・看護師が家族の前で涙を流してあげることによって、家族は安心します。
そうして家族は自分自身を肯定できるのです。

 

 

“死ぬことの意味”について考えてみませんか?
そのために“生まれることの意味”を知ることから。

助産師&看護師&お寺のご住職
「命の再定義」トークライブ

6月9日(土)15時~17時半
大阪・阿倍野の即応寺

 

 

 

 

 

 

山咲凛子(看護師/心力教育家)
看護師経験22年、9年前から心理療法を学び“生き方・死に方”について探究する。
コミュニケーションスクールで主任講師として活動しながら、看護師の新しい在り方を発信。
現在、18名のベテランナースと共に心理面から病気や介護を予防する看護に取り組む。

年間授業日数150日以上、セラピストトレーナー150名育成、卒業生400名以上。
セッション数約4000件から導き出した“幸せが連鎖する心の在り方”を伝える。

ナース専用メルマガ【心と身体のStudyMail】 

【幸せが連鎖するWellnessライフ】
一般の方向けに心とからだの健康についてお伝えしています。
友だち追加

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

カレンダー

2018年6月
« 5月    
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930