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Rinko Yamasaki

「命の終わりを決めるのは誰…?」自分の死生観を持つ時代へ。

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昨年、NHKのクローズアップ現代で放映されました。
「延命中止という新たな選択」
Facebookの再生回数が100万回を超えて話題になっていましたね。
日頃から「延命治療は望まない」と妻に伝えていたことが医師に伝えられ、意識を失った2日後に挿管チューブの取り外しが行われました。


 

 

 

 

 

 

 
戦後の医療では、自宅で亡くなることが普通でした。
自宅で亡くなる人の割合を、病院で亡くなる人の割合が超えたのは1970年頃。
1980年代には病院で亡くなることが普通になりました。

 
1990年に看護師になり、その後22年間働いてきた私の認識は「死ぬときは皆苦しむもの」でした。
私の父は社会務めしているとき癌が見つかり、余命1ヶ月の告知を受けました。
症状はさほどなく落ち着いていましたが、ある日胸騒ぎがして病院に行ってみると、父は病室で小声で話し始めました。
それは私に安楽死についての意見を聞かせてほしい、というものでした。
「治らないのがわかってて生きてるのは辛くてな。安楽死を考えるんやけどあかんのかな?」

 
そのとき私は父にこう言ったのを覚えています。

 
「パパ、死ぬときはみんな苦しむんやで。
苦しまずに亡くなる人はいないと思う。
安楽死も認められてない…
きっと、最後の苦しみを越えないと天国に行けないのだと思う。
パパがもし安楽死を選んだら、死んだ後おばあちゃんやおじちゃんに会えないんじゃないかな…」

 
父は私の言葉を聞いて
「そうか…、看護師のおまえがそう言うんやったら、そうなんやろうな。
わしは甘いんやな。覚悟するしかないか。」
と苦笑いしました。

 
「私は、パパが“苦しくないようにだけ頼みます”って先生に伝えたときから、パパの代弁者になろうと思ってる。
パパが苦しまなくていいように、私も頑張るから…」
そのとき30分ほど命について語り合いました。
それから父は二度と安楽死という言葉を口にしませんでした。

 

 

 

 

 

 
安楽死について
2004年、2006年、ちょうど父が亡くなった頃、延命を中止した医師が殺人罪に問われていました。
そして2007年に初めて延命治療の中止が公的に認められました。
<安楽死/尊厳死に関する基礎治療>

 
それから10年。
実際の医療現場では激しい葛藤が起こっています。
この道のりは、恐らくこれから長い間続くと思われます。

 

 

 
戦後、病院に入院するとなれば、患者は家財道具を一通り持ち込まねばなりませんでした。
お鍋から炊飯器、食器、布団など身の回りのものすべてです。
そして看護師の手が回らない病院では、付添婦をつけるのが普通でした。
国は1950年に付添婦廃止制度を制定しましたが、現場はなかなかそうもいきません。

 
徐々に組織改革が行われ、一般病院でも「完全看護」という言葉が聞かれるように。
全病院で付添婦が廃止されたのは1980年~1990年頃。
私が看護師になって2000年代に入ってからも
「この病院は完全看護ですか?」と家族からよく尋ねられました。

 
公的に物事が決められても、それが末端に及ぶまで30年以上かかる。
2007年に厚生労働省が発表したのは延命の中止措置を保証するものではなく、意思決定のプロセスを明示化しただけであり、その判断は医師に委ねられています。
自分の判斷に責任を持とうとしない医師の場合、延命中止に同意してもらえない事態が生じます。
そして家族とご本人を苦しめる、望まれない延命が執り行われてしまうのです。

 

 

『命の終わりを決めるのは誰…?』

 

 

そう、自分の命の終わりは自分で決めるしかない。
死から目を背けることは、自分自身から目を背けることと同じ。
誰の人生を生きているかわからなくなります。

 
ただ患者さんに責任を投げ打って、医療の責任を放棄するつもりはありません。
私たちが先導を切って、自分の死と向き合っていくこと。
医療者ひとりひとりが目的を持って生きることが生命の安定につながり、恐れずに死を見つめることができるのです。
その在り方を社会に広めていくー

 
一方で個人個人が自分の命の終わりに責任を持つようになること。
その在り方を普及する責任が看護師に課されているのではないでしょうか。


 

 

 

 
“医業”は命を救うことが使命です。
その使命を全うするために医療は発展しました。
ですが発展しすぎたのでしょう。
回復しない、命をつなぎとめるだけの無駄な延命まで行ってしまうようになりました。
ならば本人が、本人が決められない場合は家族が決めなければ、不要な不幸を背負ってしまうことになりかねない。
それが今後も20~30年続くのです。

 
戦前の日本人は大病をすると死ぬしかありませんでした。
けれど苦しまず老衰死することも多かったようです。
これからは「命の終わりを選ぶ」へ。
あなたが最期に余計な不幸を背負いませんように。

 

 

 

 

 

 

 
助産師vs看護師「命の再定義」トークライブ
“生まれることの意味”と“死ぬことの意味”について。それぞれ数百件の経験をもとにお話します。
最後はご住職から命のお話があります。
どなたでも参加できます(おひとり¥3000)

6月9日(土)15時~17時半
大阪・阿倍野の即応寺

 

 

 

 

 

 

山咲凛子(看護師/心力教育家)
看護師経験22年、9年前から心理療法を学び“生き方・死に方”について探究する。
コミュニケーションスクールで主任講師として活動しながら、看護師の新しい在り方を発信。
現在、18名のベテランナースと共に心理面から病気や介護を予防する看護に取り組む。
 
年間授業日数150日以上、セラピストトレーナー150名育成、卒業生400名以上。
セッション数約4000件から導き出した“幸せが連鎖する心の在り方”を伝える。

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