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Rinko Yamasaki

「胃ろう」は虐待

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「胃ろう」は虐待。
介護・認知症患者にとって「胃ろう」は、本人の意志に関係なく、ただ、生き長らえさせるだけの処置。
たとえ本人が死にたいと言っても、家族が介護疲れで後悔しようとも、やめられません。
生きる目的を見い出せない人にとって、胃ろうは虐待としか思えない。

 

 
親戚の叔母が胃ろうを勧められたけど、どうすればいいか?と昨夜相談を受け、電話で話を聞きました。
普段は半認知症のため施設で生活している高齢の女性です。
未婚・子供がいない人で、相談者さんの母(患者の姉妹)が遠方の病院に往復して付き添っているとのことでした。

肩の骨折で入院したことから、低血圧、心房細動、低栄養状態、肺に痰が溜まっている、誤嚥性肺炎など判明しました。
血管確保ができないため胃ろうを増設して、抗生剤投与、栄養管理、嚥下リハビリを行なうとのこと。
あなたが患者の姉妹で付き添っている立場ならどうしますか?

患者は入院後大声で叫ぶようになり抑制されています。
胃ろうをすると全身管理ができるので、本人がどんな状態になろうとも、10年20年生き続けるかもしれません。

相談者さんは担当医師と電話で話し、「もし先生が同じ状態だったら胃ろうをしますか?」と尋ねたそうです。
哀しいことに、医師は言葉を濁したそうです。

 

 

医療はわずかな可能性に望みをかけて努力を行なうという姿勢が善とされる職業です。
患者や家族もそれに習って長生きすることが善になっています。

それ、本当?

命の所在は本人の生き方にあります。
それを周囲が過剰に背負おうとするのは、自分が自分の人生を生きていない証拠なのでは?

自分がいつ死んでもいいと思える生き方をしていれば、他者に近づく死を過剰に怯える必要などないはずなのに。

過剰な延命治療、増え続ける介護と認知症は、高齢者の問題じゃない。
30代40代50代の生き方なんだ。

それは医療者の私たちも同じ。ならばまず医療者から変わらなければ社会は変わらない。

 

 

相談者さんは、医師から「胃ろうをしない許可を親戚からもらってください」と言われ、判断できない親戚に代わって自分が引き受けました。

鼻腔栄養を1回だけ。
後は本人の体力に任せることにします、と。

もう何年も会っていない遠方の認知症の親戚。
それでも彼女は自分事ととらえ、おばさんの残りの人生の過ごし方を決めたのです。

私は彼女の勇気が嬉しくてたまりません。
看護師として、情けない医療の現状に申し訳ない気持ちでいっぱいです!

私に相談をしてくれ、他者承認のループを断ち切る勇気を持ってくれた彼女。
そして投稿することへの許可もくれました。

協力に応じてくれる彼女の気持ちが有り難いです。
今後もできるかぎりサポートしていきます!

 

 

以下の画像は、相談者さんとのLINEのやり取りです。
了解を得て掲載させていただきます。
画像の下にはFacebookでいただいた数々のコメントを掲載させていただきました。
約20名の方がシェアしてくださいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからコメント…
 
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・凛子さん、5年後10年後が恐ろしいです!!

◯◯さん、自分の人生の過ごし方を決めておくことです。だけどたぶん予測がつかないと思うので、家族と一緒に看護師が入って話をするのがいいと思います。1年に1回くらい見直していく必要もあります。そういうシステムをつくりますので、もうちょっと待っててくださいね^^ ◯◯さんなら大丈夫です♡
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・病院でも施設でも、「生きてる」人よりも、「生かされている」人が多いと感じています。凛子さんの仰る通り、まずは医療者から変わらなければ社会は変わらないですね

◯◯ちゃん本当に。自分のやりたいことで人の役に立ち、ひとつひとつ成果をつくっていくことが、自分の人生を生きている感覚を得る方法だと思います。私たちから変わっていこう♪
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・そうですよね。私の母は95才でしたが6月亡くなりました。その2ヶ月前に食事が出来なくなり水分もほとんど、取れませんでした。そこで、ドクターとのムンテラで、IVH胃ろうの話しがでました。しかしそれをしても肺水腫、腹水がたまる恐れを考えこれ以上苦しめたくないと、良法断り自然のまま…でと最後はとても安らかな顔をしてましたがやはり、これで良かったのかな?と自分を責めたりしてます。病院では必ずと言っていいほどのコースですよね。

◯◯さん、最善の選択をなさったと思います。死がこれで良かったのかについて答えは見つからないですね。それを決めたときのさつきさん自身を信じてあげることが、亡くなったお母さまが伝えたかったことではないかと思うのですが…。10年以上前ですが、私も父の最期は無治療の選択をしました。

凛子さん、ありがとうございます。
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・看護師→ケアマネしてます。リアルな話ですよね。終末を迎えるにあたり時々ぶつかるこの話。私は基本的には胃ろう反対の話をします。胃ガンで取らざるを得ないわけではない。ただの延命処置ということがもっと世間に広まって欲しいと思います。

◯さんコメントありがとうございます。反対意見が言えるケアマネさんがいてくださって嬉しいです♡そういう管理者さんがもっと増えてくれることを願っています。心から看る介護と認知症予防の話を広めています!必要があれば三重県まで話に行きますのでおっしゃってください!
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・看護師→持病で退職と同時に親の介護です。。ほんとに仕事としてやっていたときにも考えることはありましたが、今は家族としてどうなのか。。。考えることがてんこ盛りです。

◯◯さん、そうなんですね。。どうか、ご自分の人生を優先してくださいね。◯◯さんがもし介護状態になってしまったとき、子供が自分の人生を犠牲にしてまで介護をしてほしいと思わないですよね。。同じことだと思います。◯◯さんが抱え込み過ぎないことを願っています。

ありがとう!!!そこはもうねーー大丈夫。ちゃんと制度を利用していろんな人に声かけて助け合ってます。あたし、パコードみたいにね。。行きたいミュージカルもいってます。ありがとう。。。会ったこともないけど看護師ってところですでになんかつうじるものがあるなあーっておもいます。。。
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・こういった相談ができる看護師さんがいると本当にいい。っていうか病院だとなかなか言いにくい…。院外看護師さん必要です。

そうですね。働いている立場のナースも、こういう記事を読むと勤務が辛いと思います。私たちから働きかけしていきたいですね。

・本当に。苦しくない選択肢をまず示してほしいです。施設で働いてても思います。

◯◯さん、そうですね。先の予測をしないと苦しみの予測もできませんね。施設では、まず管理者が学ぶ必要があると思います。私も堺市に40年ほど住んでいました。機会があれば介護と認知症予防のお話をしに行きたいと思っています。

その際はお話聞かせて頂きたいです。
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・事務職ながら比較的患者様ともドクターや看護師さんとも近いポジションで仕事をしています。母をすい臓がんで亡くしました。患者側の人間に少しでも「できるだけの事はして欲しい」というサインを出す人が一人でもいるとわかってしまうと、やはりその提案をしなければいけない「雰囲気」になってしまうのが現場の正直なところなのかもしれません。でも少しずつ本当の意味での「最善」を提案してくださる方は増えてきていると思います。だから家族側となる私達も冷静に、建前とか見栄とかじゃなくて、本当の意味を見極める力を養っていかなければいけないと思いました。

◯◯さん、事務の方は客観的に観る立場なので、いろんなことに気づいていらっしゃるでしょうね。「できるだけの事はしてほしい」この言葉によって、どういう未来になるか情報を提示する人が必要ですね。通常ナースのはずですが、雇用されている状態ではなかなか意見できず申し訳ない立場です。。ひとりひとりに知識を持っていただいて、過剰な延命を予防できるよう外側から働きかけしていきます!

その苦悩しておられる先生や看護師さんの気持ちも伝わります!ここには患者側の、得てしてその家族の思いというか、願いというか、そこが流れを大きく左右してしまうと思うので、元気な時からそんな話をしっかりしておくべきなんだろうなと思います。
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・私の特養施設にも、胃ろうの方が増えてます。本当に必要なのか?終末期には良くぶつかる話しですね!個人的には胃ろうで生かされてる現状、食事が喉を通らなくなったら、自然に何もせず任せるのも必要なことと思います!何もせず、最期を迎えるまで、ただ見てるのがナースとして、その人の家族も困惑してることもありますね…

大村さん。命の所在は本人の生き方にあると思います。人間が手を加えることが罪なことである認識を広めていきたいと思っています。
スウェーデンでは胃ろうは虐待として行われていません。記事のリンクを貼っておきますので、よかったら一読くださいね。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/45510?page=3

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・シェアさせていただきます。うちの両親は「絶対してくれるな」と言っています。

◯◯さんシェアありがとうございます。今まさに胃ろうで悩んでいるご家族もいらっしゃるかと思うので有り難いです!◯◯さんのご両親のように、元気なうちに話ができたらいいですね。
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・患者側も医療について知識を得て、心ある人としての命や人生を考えよう!その為に、寄り添い、サポート出来るナースになろう!凛子さんの対応は、相談者にとってきっと、心強かったことでしょう。素晴らしいナースです。

ゆかりさん、形にしていきたいですね!
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・難病などの方には胃ろうは誤嚥を防止できるのでよくやってますが、認知症の方には厳しい状況ですよねー。適切な判断ができないままで胃ろうをして数十年生かされるって・・・。医療とは何か?考えさせられます・・・。

◯◯さん本当に。。胃ろうの患者数がここ十年ほど発表されてないんです。認知症患者の数も。もしかするとすごい数なのかもしれません。医療の適切さを見直すときが来ているのだと思います。私は外側からがんばります!
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・ シェアさせてください。「胃ろう」についての情報が一般的ではないので、身内の事になって初めて考える人が多いと思います。判断するまでの時間と情報が限られていると、迷いますよね。

◯◯さんシェアありがとうございます。一般の方はご存知ないですよね。医師は今の状態に対する方法しか提示せず、その先5年10年の予測を話しません。患者さんや家族を不安にさせないためです。予防的に決めておく方法を模索しています。よろしくお願いします。

 
・山崎さん、胃ろうは、もともとアメリカで子供さん達に手術するときに一次的につくり、経過が良くなれば嚥下訓練をして胃ろうをなくしていく、回復への手段だったのが日本に入ってくるときに延命のための手段として取り入れられたのです。胃ろうの役割をダメージを伝えていくようにしています。そして、貴方でしたらどう思いますかと…、直ぐには答えられなくても考える事からかなと思います。

◯◯さんコメントありがとうございます!命をどう扱うかという繊細な問題ですが強めに書いているのは、考えていただきたいからなんです。。ひとりひとりが死について考えることを当たり前にしていきたいです。
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・現場で看護師として働いていますが、この治療は何のために?っていうのがよくあります。この胃ろうのケースとかまさに同感です。胃ろうや例え本人が認知症でも、本人が望まない治療、必要性やゴールのない治療をただICで医師に勧められたから、深く考えずに鵜呑みに治療を行うことで、望まない抑制をしないといけない状況を作り上げている環境にいつも疑問を感じます。
是非シェアさせてください!!!

◯◯さんシェアありがとうございます!現場の管理職さんが見てくださると嬉しいです!こういう問題を予防できないか、命の取り扱いを考える機会が持てないか、予防看護を広めています。ナースから変えていかなければ他にできる人はいないと!
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・胃ろうをしないとなると入院の必要がないとなり、御家族がどうしてよいか解らないことになるのできめ細かいサポートを看護師はしていく必要が有りますね。

◯◯さん、その部分に気づいていない人も多いんです。ご飯が食べられないから受診して、点滴が入らないから胃ろう…と、必然のように流れていきます。家族の精神的サポートをするナースの必要性感じています。

御本人もですが、このところを1番にサポートしていきたいですね。胃ろうだけでなく、骨折した場合、手術するかしないか? しないと答えた方がいました。では、お帰りください。当然、御本人始め御家族様はどうしてよいか解らないですよね。右か左かの返事でなく自分らしく生活出来るようになる選択肢をその人にあったサポートを御本人様御家族様と考えられるようにと思います。胃ろうの件を出されたのに少し驚きも有りましたが皆さんで考えて頂くには遅いくらいですね。

◯◯さん、ありがとうございます!
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・シェアさせて頂きます。私の母が姑(私の祖母)の胃瘻の責任を押し付けられ、大変苦悩していたのを見ていて確かに107歳まで生きながらえたとはいえとても考えさせられた事がはありました。

◯◯さん今日はありがとうございました♪そういう経験をナースから投げかける場をつくりたいと思っています。簡単に答えが出ないかもしれないけど、ひとりひとりに考える機会を提供するのはナースの役割ではないかと。シェアありがとうございます!
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・凛子ちゃん、ごぶさたしています。今回の胃ろう造設に関してはほんとに課題が山積してますよね。私も長年、福祉施設のナースとして働き胃ろう造設に携わって来ました。長年勤めた中でたった一人だけ自分で造設を決められた方がいらっしゃいました。ただそのような方は稀です。
ほとんどは家族が判断を迫られ、ほんとに理解もしないまま造設に至るケースが多かったです。
家族から相談を受けた時は「しない方がいい。」とは言えないけど、胃ろう造設のデメリットを強調して伝えていました。実際に胃ろう造設してからの家族は「ほんとにこれでよかったのかな…」って後悔にも近い気持ちを抱いておられた方は少なくありません。
地方になるにつれ、「お医者さんの言うことには逆らったらダメだ。」みたいな所も…。家族はどの道を選んでも「これでよかったのかな…」って気持ちになります。そんな時に私達 医療従事者が「これでよかったんですよ。」って言って差し上げれるようにしたかった。

◯◯ちゃん、お久しぶりです。地方になるにつれ…というのは、まさにそうですね。「お医者様は神様」という古い認識が根強く残っています。ひとりひとりが医療について学ぶ機会を、ナースから提供できたらと思います。医療従事者が「これでよかったんですよ」と言えないのは、雇用されている立場だから…というのもあるかもしれませんね。看護はそもそも治療者の立場ではないと私は思ういます。話してくださってありがとうございます。変えていきたいですね。
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・奥深い話ですね。私も母が亡くなる前に、今後の治療について家族で話合いました。延命する術があるのにそれを選択しないのは殺していることと同じではないかと、看護師の私でもすごく悩みました。家族間でも様々な思いがありました。治療しないの?とか。でも、母らしく生きられないのであれば延命しても意味がないと、泣きながら治療をしないことを決めました。この相談者さんの勇気は素晴らしいと思います。そしてそれを支えている凛子さんはホントすごいなーと思います。上手く言葉が見つからなくて普通の表現ですみません…

◯◯さん、その人らしく生きれないのであれば延命しても意味がない…、本当にそう思います。だけどどうしても、自分の判断に責任が持てないのは自己信頼の無さなのでしょうね。◯◯さんも頑張ったね。私も父のとき、父の代弁者として踏ん張りました。私たちから変えていきたいね。
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・私もただの延命処置としか思えません。もし胃瘻をおじいちゃんのためおばぁちゃんのためと思うのなら、栄養食ばっかり流し込まないでおじいちゃんおばぁちゃんの好きな物も入れてあげたら良いと思います。それが出来ないのであればやるべきじゃないと思う。利用者さんに心の中で何のために生きてるの?と問いかける時・・・あります。

◯◯さん、きっとご本人たちも何のために生きてるのか答えが見つからないでしょうね。ただ、死は悪いことだから生きているという感じがします。
自分のやりたいことをやらずに、「やらなければならないこと」で生きてしまうと、一体誰の人生を生きたのかわからなくなり、死ねないそうです。
私たちは今の高齢者さんたちを省みて、学ぶべき立場だと思います。
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・この沢山の思いを形にしていくことができますね。指示でなく寄り添うこと から…不安に思っていること、これをするとどうなるのか等
医療用語や伝えられた現実は誰もが中々受け止められないのですよね。その時に、言葉を変えて伝える…等。出きると良いですね。

はい、形にしていきます!どんなふうに伝えるのがいいか、試行錯誤しながら看護師から発信していきたいと思います。これだけ同じ想いを持った仲間がいると心強いです。ありがとうございます!
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・その人らしさで生きていく…ほんとその通りだと思いました。やりたい事、食べたい物をガマンしてまで長生きする意味あるのかな。
私の家族、私も含めて自由を奪われる生き方はさせたくない。意志の疎通が図れる今、親族には食べれなくなった時にどうしてほしいのか…を確認しました。胃ろう造設の説明をすると皆、拒否姿勢です。生きていく術を選ぶのは本人。

◯◯ちゃん
>やりたい事、食べたい物をガマンしてまで長生きする意味あるのかな。
自分のことなら迷わないのに、何故これほど歪んでしまうんだろうね。ご親族の意思を確認できてよかったですね。情報を与えないことは罪だと思います。。

ほんとの意味で【生きる】ってなんなのか、医療従事者の中にもはき違えている方はたくさんいますよね。医療従事者でさえ、はき違えているのだから医療に携わっていない人はなおさら理解しにくい世界の話。だからこそ、現実をちゃんと伝えたい。食べれなくなったら、それは自然の姿 ととらえて自然の流れに任せる。枯れ葉が散るが如く静かに静かに時を迎える。今さらながら、もっと自分にできる事があったのでは…なんて気持ちになりました。
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・ 胃瘻は延命処置に過ぎず、人の生き方を奪いますよね。口から食べれないなら死にたいという本人や介護疲弊をしている家族をたくさん見てきました。なので私も胃瘻は選択しません。透析もどんどん増えていますが、胃瘻同様なところあるなって感じてます。一時的はあっても永続的なものは最期までですもんね…医療費免除という矛盾…
祖母がDM性腎不全を患い「透析はしたくない」って前々から話していたので、透析するかどうかと医師に告げられたと母から相談を受けた時、「やらない」って言ってた意思を尊重しました。DMになっても食べたいものを食べていたのを見ると透析での食事制限は祖母らしさを失い、認知症は進行し、うつなど精神状態も悪化させていたと思います。胃瘻も透析も自己管理でき、ADLを維持して、QOLが下がらない場合の選択肢として、決して延命目的での選択肢を減らしたいですね。
凛子さん♡祖母の存在が私を動かしているのかもって今、感じてます!人生、生き延びる選択肢ではなく、生き方の選択肢を提案し、一人ひとりの笑顔を引き出せるようになりたいです♡

透析室で勤務していたとき、100歳で透析導入したおじいちゃんが「こんなことなら、しなければよかった。でも今さらやめられんしな…」とボソッと言った光景が目に焼き付いています。重度認知症の人が自己抜針したことで大量輸血・連日透析になり、救命したものの、生き長らえさせただけだと気づいて罪悪感を感じました。
◯◯さんとお母さんは人道的判断をされましたね。立派です。ひとりひとりが勇気を持ち、他者承認のループを断ち切ること。そのサポートが行えるのは看護師だけだと思います。来年、会を立ち上げるとき◯◯さんの力貸してくださいね。

凛子さん、透析は色んな急変リスク高まりますし、救命処置後に意外にも喜ばれなかった記憶があります…。《他者承認のループを断ち切る》すごく必要ですね。ぜひ参加させてください。
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<山咲より>
ナース、医療関係者からのコメントがほとんどでした。
交流会など行なうたびに感じます。
ナースはたくさん意見を持っているのに、言えずにいるんだなぁと。。

来年はナースがファシリテーション力を身につけて、自分の経験を公に語れる場をつくっていけたらと思っています。
皆さん、ありがとうございます!

 

 
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来春開講予定です。

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