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健康と看護とお金「村松静子さんの開業ナースから学ぶ」

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メッセンジャーナースのことを私が知ったのは、あるナースが書いたFacebookのコメントからでした。
「凛子さんがメッセンジャーナースになってくれたら嬉しい!」
え?メッセンジャーナースって何だろう?と思った私は、さっそくインターネットで調べメッセンジャーナースの本を購入してみました。

 

「メッセンジャーナース~看護の本質に迫る~」

 

 

 

 

 

 

 
私はこの本を読んで衝撃を受けました。
本の監修をされている村松先生の許可を得て一部抜粋させていただきます。
メッセンジャーナース認定協会認定審査員の甲州優さんが書いた文章です。

 

…   …   …   …   …

実習2日目、ある患者さんのオムツ交換をしたときのことです。オムツを開けると緩い便が大量に出ていて、それが前の方まで溢れ出していました。一年生の私にはどうすることもできず、ただただその日の指導者のするままを見ていました。指導者は実に手際よくテキパキと準備し、なんのことはない顔をしてガッパリと患者の足を大きく広げました。私の心臓は口から飛び出るのではないかと思うほど高鳴り、耳や顔が熱くなるのがわかりました。指導者が必死に便を拭いている様子を見て、何か絶望的な気持ちが襲いかかってくるようでした。

 

私は「見学する」という心境ではなく、ひたすら患者は恥ずかしいだろうな、つらいだろうなと思っていました。患者には学生がここにいることさえ耐え難いのではないかと思いながら、私は目を逸らしていました。私は患者の足元側に立っていたので、その場所に立ってしまったことを後悔していました。そしてそれ以上は見ていることができませんでした。病室の隅の方で「私が」見ていいのか、「私は」見なくてはいけないのか、ここにいていいのか、この位置になぜ立ってしまったのかと、果てしなく孤独な時間の中にいました。

 

すると、指導者が「ちょっと学生さん!そんなところで見学できるの?見学するつもりならもっと近くに来ないと!見る気あるの?!」と、少しだけ乱暴にも聞こえる口調で、もっと近くで見るように促しました。私の心のなかは、見学できるの?と言われても、「私が」見ていいのか、見る気あるの?と聞かれても、見る気がない、いや、見たくないとは言えない、という葛藤でした。私の心の葛藤は誰にも知られないまま、そのときにその場をやり過ごしたのか記憶にないのですが、何かが壊れてしまう感覚なのか、すごすごと指導者の手元が見える場所に歩み出たことだけは覚えています。

…   …   …   …   …

 

就職して初めて全身清拭を行なったとき、私が感じていたことがそこに表現されていました。
「同じことを感じていた人がいたんだー!」という衝撃が私の心の中に走りました。
私は就職して3ヶ月目の頃、病棟の看護教育に耐えきれずプリセプターナースに「どこにも看護がない!」「誰も看護をしていない!」と訴えたことがあります。
ナース一年生だった私には、そういった陳腐な表現しかできませんでした。
だけど何か違う…!心の中で警報が鳴っているような感覚でした。

 

看護短大の実習で受け持ち患者と共に笑い、共に泣き、共に治療に取り組んだとき、看護師を目指す自分に誇りさえ感じていたのに。
国家試験に合格し看護師として医療現場に出る日を心待ちにしていたのに。
3ヶ月後には暗く重苦しい自分しかいませんでした。
さらに私はリーダーと話し、主任と話し、師長、教育師長、看護副部長、看護総師長と話をしました。
その結果、あなたには患者さんを任せられないと休職させられました。

 

この本には、日本赤十字病院や看護大学、教授、看護部長など錚々たる役職のナースが名前を連ねています。
そのページを見たとき私は(ああ、そういう本か…)と思ったのでした。
理想の看護をあきらめず心に持ち続けて働くことが大切なんだ…と自分に言い聞かせてきましたが、幹部と言われる看護師や管理職のナースは、誰一人として理想の看護について話してくれる人はいませんでした。
きっと、自分が行なっている看護が正しいと思いこんで盲目になっている看護師だーと私はずっと思っていました。

 

ところが、メッセンジャーナースの本を読んだとき、目からウロコが落ちたのです。
そうじゃない、みんな心の中にはいろんな想いがあるけれど、目の前の仕事をいかに上手くこなしていくか、与えられた役割りをどうこなしていくかで精一杯だった…
幹部や管理職のナースもみな想いはあるけれど、看護とは何か?について考える余裕もなく、言葉にすることも憚れるような状態だったのかもしれない…
新人の頃の苦い経験をずっと引きずって、思い込みの心で上司を見ていたのは私の方だった…!
自分の過ちが情けなく、でも同時に嬉しさで涙が溢れ出し、22年間のフラストレーションが一気に消えていくようでした。

 

 

 
私はメッセンジャーナースを確立した村松静子さんに興味を持ちました。
村松静子さんは、政府が介護保険を制定する十年以上も前から在宅看護の必要性を感じ、独自でボランティアで訪問看護を行なってきたナースです。
在宅患者と家族ー医療者とのコミュニケーションの架け橋になるべく、メッセンジャーナースという名前を付けられたとのことでした。
そして村松静子さん自身が書いた「心と絆といのち」を夢中で読みました。

 

日本初の開業ナース。
今でこそ女性が社会に出て活躍できるようになり、訪問看護ステーションが増えたり、医療の多様化が広がっていますが、1990年代にナースが開業するなどあり得ないことだったと思います。
一度でいいから会ってみたい…という想いがフツフツと沸き起こってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2年。
どこにいらっしゃるか、活動されているのか、お元気なのかさえわからないまま、手紙を書いては捨て、書いては捨て…を繰り返していました。
私はもう、看護にこれほどの情熱を持った人に会わないわけにはいかない!わずかでもいい、同じ空間で村松静子さんのエネルギーを感じたい!という想いを抑えられずにいました。
そしてあるメッセンジャーナースさんのおかげで夢が叶うことになりました。

 

私たちは誤解していることがたくさんあるかもしれません。
たった1回の体験であっても、強い経験は記憶に強く残ります。
その経験を通して物事を見てしまうことが誤解を生みます。
私は、幹部の看護師や管理職ナースと、もっともっと看護の話をすればよかった…、もっと自分から投げかければよかった、心を開いて話さなかったのは私の方だったんだ…ということに気づきました。

 

そして私たちはもっと、理想の看護を唱えるべきだと思いました。
「そんなの理想論でしょ?」
そう言われても構わない。
理想の看護を唱える人が今までいなかったから、看護師は経営下に置かれてしまい、忙しい医師に代わって行なう仕事で埋め尽くされてしまったのかもしれません。
今、大学の看護学科がすごい勢いで増設されています。
後輩ナースのためにも、私たちは恐れずに理想の看護を唱えなければー
でなければ、看護はこれから先も露頭に迷い続けるのではないかと思います。

 

 

 

今回、ナースサミット2017クラウドファンディングのチャレンジをしたことがきっかけとなり、メッセンジャーナースさんが村松先生と私をつないでくださいました。
メッセンジャーナースではない私のために時間と手間をかけてくださって、本当にありがたいと思います。
いつもなら仕事の依頼で飛行機か新幹線で東京に行って宿泊しますが、今回はプライベートなので夜行バスで往復することにしました。
ほんのちょっと体験してみたい気持ちもありました。

 

 

 

 

 

 
ところが。夜行バスがこれほど大変だと思いませんでした。
バス内は完全に消灯されてスマホもPCもできず、食べたり読書をしたりという自由もありません。
真っ暗なので、どのタイミングでトイレに行けばいいかもわからず、膀胱炎になるのではと思うほど我慢しました。
知らない人が大勢周りにいる状態で一晩過ごすことの息苦しさを感じました。
そして遠方から大阪のコミュニケーションスクールに通ってくれているナースのことを思いました。
こんなに大変な思いをして授業を受けているんだ…と。

 

クラウドファンディングで私がもっとも葛藤したのは、看護師が一般の人にお金の支援を求めることでした。
医療は負担にならないように健康保険や介護保険があります。
看護をお金にするべきではないという意見もあります。
そのため私の考える看護は、将来病気や介護から人を救うと確信していても、お金とつなげて考えることに抵抗がありました。

 

 

 
村松先生はメッセンジャーナースでも何でもない、いち看護師の私をにこやかに迎えてくれました。
そして私に一冊の本を見せてくださいました。
「開業ナース」

 

 

 

 

 

 
今でこそ個人が活動しやすくなって起業しようとするナースが増えていますが、村松先生の時代にはナースが開業することなど誰も思いつかなかっただろうと思います。
「看護をビジネスにする」
看護師であっても生活していくための収入が必要です。
無料で提供することが必ずしもいい結果を生むとは限らない。
でもその時代に同調してくれる人は少なく、きっと周りの反対や揶揄が絶えなかっただろうと。
今、新たな看護に向けて活動している私がいちばん知りたいのは、先生がそこをどうやって超えて来られたのか、ということでした。
先生のエネルギーを感じたいと思ったのも、ビジネスとして確立することに自分の弱さを感じていたからでした。

 

「開業ナース」は今の私にドンピシャでした。
村松先生ご自身が書かれた本をずっと読み漁っていましたが、いちばんほしい内容を見つけられずにいました。
それが「今のあなたにはコレよ、きっと。昔に書いた本で今はもう出版していない本なの。」と言って私にくださったのです。
村松先生は私が発信している記事を普段から見てくださっていて、今私が行き詰まっているところをすでにご存知でした。
もう、私は嬉しすぎて倒れそうになりました。
これからじっくり読み進め、先生が歩んで来られた道を学びたいと思います。
村松先生は思っていた通り、誰とも争わず、ただただ温かい気持ちで人と接し、今もなお自分が信じる道を突き進んでいる理想の先輩ナースでした。

 

 

 

 

 

 

 

その後もう一人、臨床工学技士さんにお会いしました。
その男性も今年で組織を退職し、独立起業しようとしている人。
話を聞きながら、人の役に立ってお金をいただくということは悪いことどころか、豊かさの循環をもたらすことだと感じました。
ただ必要なのは、既存のものではないクリエイティブな発想です。
今後、誰でもできることはAIが代わって行なうでしょう。
人間にしかできないのは豊かな能力を人のために活かすこと。
それでお金をいただくことは、その先にいる人、その先にいる人にも潤いをもたらし、ビジネスはこうして出来上がるのだと感じました。

 

ナースが病院以外でお金をいただくシステムをつくること。
そのために私がやるべきことは
成果をつくること
拡大していくこと
信頼をつくること
やっぱり誰かの役に立つことです。
私はこれまで企業さんとの関わりを避けて来ました。
病気であることが病院や製薬会社の利益になっている側面に、憤りを感じてきたからなんです。
でも“健康”が目的であるなら“看護”を大いに役立たせたいと思えるようになりました。

 

看護師が所属するもっとも大きい組織は日本看護協会です。
自分がどんなに素晴らしい活動だと思っても、日本看護協会に反発する活動はできません。
看護協会に対する思いはいろいろありましたが、講師になって看護の歴史を勉強していると違った面が見えてきます。
私たち看護師の地位が確立されているのは、間違いなく日本看護協会のおかげであることがわかります。
私はまず協会の活動を理解しようと思います。
病院で働かなくなってもう二度と看護協会に登録することはないと思っていましたが、申請中です。
自分自身への責任として、やるべきことに取り組みたいと思います。
そして私もいつか、後輩ナースの目からウロコが落ちるような本が書けたらと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村松静子先生、ありがとうございました。
 

 

 

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