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「人生の最期。看取りを誰に頼みますか?」誇り高き介護職。

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時代は巡ってきます。
バブル全盛期の頃に流行っていたスタイルが
今また若い人の間で注目され始めていますね。
ひと昔前に流行っていたことが、
何十年経って再び流行り出すというのは
珍しいことではありません。
洋服の断捨離をするとき、
んーまた着るときが来るかもしれないし…と
躊躇してしまうのではないでしょうか。

 

さて、「完全看護」という言葉。
ナースとして20年以上働いている人には、懐かしい言葉でしょう。
遡ってみると、1960年代入院する患者さんは、
布団や寝間着からやかんまで、
生活用品を一式持ち込まなければなりませんでした。

 

今ほど医療技術が進んでいないので
ナースの仕事は日常管理が主だったと思いますが、
30人の患者さんに対してナースが2名という状況だった時代。
“付き添い婦さん”の存在が欠かせませんでした。

 

1960年代に国は付き添い婦制度を廃止を宣言しました。
ただ現場はそうもいかず、
実際に全国の病院で付き添い婦を廃止できたのは
1990年代になってから。
そういえば私がナースとして働き始めた頃、
「ここは完全看護ですか?」と
家族からよく尋ねられていたなぁと。

 

 

 
中学生の頃、親戚のお見舞いで見ていた光景は、
食事介助、洗面、着替え、散歩、移動の介助、
体位交換、オムツ交換など、いつも付き添い婦さんでした。
今は病衣もオムツもすべて支給されますが
その頃は付き添い婦さんが患者の衣類を洗濯し
洗濯物を干す病院の屋上は付き添い婦さんの陣地になっていました。
おそらく患者さんの最期に関わるのも
付き添い婦さんだったでしょう。

 

やはり時代は巡っていて、
付き添い婦さんは今のヘルパーさんや介護士に
姿を変えているのではないでしょうか。
病院に入院すると
付き添い婦を雇うことが当たり前だった時代から、
介護保険が制定されて在宅医療が増えました。
そして介護士の地位確立。
日常生活の細かな配慮から支援、
人生の最期を迎える瞬間までケアをする専門職になったんですね。

 

病院で死ぬことが当たり前だったのが
自宅や施設で最期を迎えたいという人が増えてきています。
今、看取り士という職業ができつつありますね。
看護師でも介護士でも一般の人でも、
受講すれば資格を取得できます。
より良い看取りについて、グループやコミュニティで
取り組み始めている看護師も少なくありません。

 

 

 
いや、ちょっと待ってください、と私は思うんですね。
自宅や施設で最期を看取るのは
介護士の役割りなのではないかと。
看取り士の資格を持っているからと、
いよいよという時になって
知らない人が現れて、どうなのでしょう?

 

いつ最期の瞬間を迎えるかわからないため
看取りは大変な仕事だと言われています。
嫌悪感を持つ人もいるでしょう。
でもその反面、
人生の最期に付き添う、かけがえのない仕事です。
関わる人にとっても貴重な経験になるでしょう。
介護士として、他の職種にはない意識を
持つべきじゃないかと思うんですね。

 

それはおそらく、突然現れる看取り士よりも
ときどき来て観察をする看護師よりも、
日常生活に密着している介護士やヘルパーさんの方が、
その方にとってよほど価値ある最期になります。
よほど安らかな最期を迎えることが
できるのではないでしょうか。

 

 

 
意識があるかないか、認知症であるかないか、
会話ができるかどうかの問題ではありません。
言葉を話せなくなったとき、
コミュニケーションが無くなるのではありません。

 

言葉ではないコミュニケーションしか、できなくなるのです。

 

意識がない人であっても
非言語のコミュニケーションに長けた人が来ると
感覚的にわかり反応するのです。

 

日常生活の援助はそう簡単ではないですね。
言い合いになることもあるし、腹が立ったり悲しくなったり
悔しい思いをすることもたくさんあります。
だけど散歩をして心地よさを一緒に感じたり、
一口食べれたことを一緒に喜んだり、一緒に体操をしたり、
レクレーションの時間も一緒に過ごします。

 

するとね?
なんとなく、その人の言いたいことがわかる…
なんとなく、その人の体調がいつもと違うのがわかる…
ということが起こるんですね。
あなたにもにも経験があるのでは?

 

こうした感覚は
普段から波長を合わせているから気づくこと。
母さんが子供のちょっとした異変に気づくように、
飼い主さんがちょっとしたペットの異変に気づくように。
また子供やペットは言葉にできませんが、
お母さんや飼い主さんのちょっとした変化に気づいています。
私たちは非言語のコミュニケーションをしているのです。
そして最期を迎える人と
もっとも上手に非言語コミュニケーションができるのは
普段から関わっているヘルパーや介護士です。

 

 

 
私たちの考え方を改めなければならない部分ー
介護士 < 看護師 < 医師
ではなく
介護士 ー 看護師 ー 医師
助け合わなければならない部分があるでしょう。
重なる部分もあるでしょう。
でもそれぞれの職業において
“ここだけは”という部分があるはず。
介護士さんが『それは私たちの仕事です!』と言えるよう、
介護職に誇りを持ってほしいと思うのですが
無理なのでしょうか。

 

もし私が身内以外の人に
人生最期の付き添いをお願いするなら。
言わなければ何もわかってくれない人は嫌です。
非言語のコミュニケーションができる人を切望します。
あなたはいかがですか?

 

 

 

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