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言葉にしないことの価値。“愛”を失った日本人。

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「愛してるよ」

自分の気持ちを伝えるために言う?
それとも相手のために言う?

昔の日本人は
愛を言葉にしなかった

わざわざ言わなくても
そこに愛があるかどうか
感じ取ることができたんだ。

だけど欧米の文化に習って
言葉にすることを望む人が増えた

「愛してるよ」と言ってもらわなければ
愛を感じることができなくなったんだ。

言葉にしないことの価値を
日本人は知っていたはずなのに。

日本人の繊細な感覚や
崇高な精神は
どこに行ってしまったんだろうか。

 

 
信じている人に
「信じてるよ」と言うのはおかしい。

信じているなら
わざわざ言う必要ないよね。

「信じてるよ」ともし言ったなら
「信じてないよ」を意味してる。

「愛してるよ」はどうだろう?

もし言葉にする必要があるなら
そこには何かしらの期待がある。

 

 
「愛」は言葉にして伝えた時点で
“欲”に姿を変える。

特定の人に向けられた愛は
愛ではなく欲求。

その人を自分のものにしたい
所有欲

その人と関係をつくりたい
所属欲求

その人と特別な関係でいたい
承認欲求

そして周囲に対する
承認欲求

それは本当に愛なのだろうか?

ビジネスで「愛」を主張していたら
ずるいよね。

「愛」という言葉のチカラを利用して
お金に変えようとしてる。

 

 
「愛」は与えるものでも
受け取るものでもなく、

ただぼんやりと在る。

「愛」は不特定多数の
まだ見ぬ人にも向けられた無限の想い

見返りを求めずに
慈しむ気持ちだろう。

そして「愛してるよ」と
伝えようと伝えなかろうと

愛してるかどうかは
相手が感じ取ることだと思うんだ。

 

 
エーリッヒ・フロム
『愛するということ』より抜粋~

ひとりの人を本当に愛するとは

すべての人を愛することであり、
世界を愛し、生命を愛することである。

誰かに「あなたを愛している」と
言うことができるなら

「あなたを通してすべての人を、
 世界を、そして私自身を愛している」
と言えるはずだ。

 

 

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