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Yamasaki Rinko

「看護師なんだから当然でしょ?」分別がある人とない人、正しいのはどっち?

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先日ナースと話していて職場の人間関係の話になりました。
あなたの周りにもいますか?
正義や常識を基準にして責める上司。
確かに正しいことを言っているけど論理的じゃない。
確かに正しいことを言っているけど納得できない。

 

あるナースは
「お給料もらってるんだから黙って働きなさい」
と言われたそうです。
あるナースは
「健康管理ぐらいちゃんとしなさい。看護師なんだから」
と言われたそうです。

 

世間の常識や道徳的観念を盾にする人は心の弱い人。
自分の意見を持っていないため、世間一般の意見を自分の意見にします。
それが本当に正しい意見かどうかよく吟味せず、根拠がない他者の意見に左右されています。

 

 

 
看護学校でマズローの5段階欲求を学びましたね。三角形のアレ。
第5段階 自己実現の欲求
第4段階 承認の欲求
第3段階 所属と愛の欲求
第2段階 安心・安全の欲求
第1段階 生理的欲求
多くの人は第4段階の承認の欲求にとどまっていますが、ここには高いレベルと低いレベルがあります。
高いレベルの承認は、自分自身で行う自己承認。
自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性などを得ることで満たされ、他人からの評価よりも、自分自身の評価を重視します。
低いレベルの承認は、他者によって満たされる他者承認です。
他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得ることによって満たそうとします。

 

世間の一般論や道徳的観念を盾にする人は、さらに低い次元の他者承認。
反論しようのない理由をつけて自分の正当性を証明して、相手を低くすることで自分が承認を得るやり方です。
自分の意見を持っていないため、認めてもらうにはそうするしかないんですね。
ただ、感情論なので反論されると弱く「屁理屈を言うんじゃない」と言います。
屁理屈を言っているのは自分であることに気づかない。笑
人間関係を失っていく危険があります。

 

 

 
『無分別智』という言葉をご存知でしょうか。
通常「分別」は、世間の常識に基づいて、事物の善悪や正義や、条理をきちんとわきまえ、その識見に基づいた判断をするとき分別があるといわれます。
世間の常識からはずれると分別がないと批判され、「分別」は世間において必要です。
ところが世間の通りに従うこの分別によって、「虚妄分別」(邪魔な世界を作り出す分別)が作り出され、苦しみや悩みが生まれます。
分別を持った人ほど自分と自分以外の者を分け隔て、自分を「私」として執着し、他を「私のもの」として執着します。
自分と他者との所有に拘り、他者との比較に拘って、その優劣によって悩みや苦しみを自らつくってしまうんですね。

 

人は分別なしには生きられませんが、分別によって悩みます。
そして“分別の本質”がわかったとき、分別は単に分別なだけであって、それに執着しない智慧を得ます。
これを『無分別智』(分別を超えた智慧)と言います。
分別が無いわけではなく、分別の本質を知り、分別によって問題を生じない状態です。

 

この状態に至る過程には、物事を“客観”する視点が必要。
自分を含めて第3者の視点で観る視点です。
この視点がなければ問題の本質に気づくことができません。
従って、他者を低く扱うことで自分の承認欲求を満たしている人は、この視点を持たないため、自分自身が行なっていることに気づいていないわけです。
ということは、その人にとっては完全に正しい認識であり、自分の価値観に従って物事を判断しているということ。
誰も悪いわけではありませんが、智慧が無い=「無知」であることが問題なのです。

 

「人はひとりひとり違う」が認知科学の基本。
予防看護学基礎講座は認知科学をベースにしています。

 

 

~心の関わりで日本を健康にする~
「予防看護学基礎講座」東京
1月21日(土)と22日(日)10時~19時

 

 

ナースが読む【心と身体のStudyMail】

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