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Yamasaki Rinko

「“ああ忙しい…”が病気を生む!」 ナースの心の安定が患者の心の安定になる

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【看護の本質とは】

看護の本質は「関わり」である。
コミュニケーションを通して心の問題を解き
その人なりの正道に従えるよう導くこと。
その人が正しいと思う日常生活が維持でき
健全な心と身体を取り戻す関わりが看護の本質である。
そのため看護師自身が実存的価値を持ち
自らの心身の健康を実践しているべきである。

山咲凛子     

『看護の本質は“関わり”である』~理想と現実のギャップとは~

 

 

資本主義経済で情報過多の世の中。
現代人は時間に追われた忙しい生活をしています。
やらなければならないことばかりが優先され、自分のことは後回しになっている人が多いのではないでしょうか。
心の中の小さな不快感や身体の変化に気づかず走り続けていると、身体はいつか悲鳴を上げます。
病気は病気になったときに始まっているんじゃない。
最初は小さな不具合だったものが波及して広がって、ある日一つの機能を失ったとき身体症状として現れます。

 

身体のサインは心のシグナル。
すでに何年も何十年も経過して、心も身体も手に負えなくなった状態で患者さんは病院に来られます。
そのとき看護師も同じように時間に追われた仕事をしているとどうなるでしょう?
身体症状を薬で抑えるだけ。
それを治ったと勘違いして、患者さんは元の生活に戻ります。
そしてまた同じ病気を憎悪させてしまうか、別の症状で受診に至ります。

 

社会生活が営めないほど身体に問題を抱えてしまった患者さんは、自分自身の在り方を見直すとき。
その機会が与えられています。
そのとき関わる看護師によって、予後の質が左右されるんですね。
さて、あなたはどんなふうに関わりますか?
看護の本質は【関わり】です。

 

 

 

フロレンス・ナイチンゲールやヴァージニア・ヘンダーソンは、日常生活の援助や環境を整えることを看護の役割りと定義しました。
けれども彼女たちが伝えたかったことは、もっと高次元ではないかと思うのです。
身体の不自由を強いられている患者さんは、もちろん身体的ケアを望むでしょう。
しかしながら、本当に求めているのは日常生活の援助ではないと思います。
“看護師の支援”を求めているのでは?
患者さんは【看護師との関わり】を心のどこかで望んでいるのではないかと思うのですが、あなたはいかがでしょう?

 

看護師が処置やケアを主たる仕事と考えている場合、時間に追われる仕事になるでしょう。
時間は本来、有って無いようなもの。
時計があるから時間に追われてしまいますが、本来、時間は想像上のものであり、自分の状態によって長くもなり短くもなります。
“時間は自分が使うもの”と心得てみましょう。

 

 

…  …  …  …  …
 

これは介護施設で訪問看護をしていたときに見た光景なんですが。
私が訪室しようとしたとき、ナースコールが鳴ったようで、先にAさんが部屋に入って行きました。
自分であまり動けない患者さんが、お茶を入れてほしいとのコールでした。
Aさんは「お茶ですね、はい」と言って、お茶を入れて患者さんの手が届くところに置きました。
そしてパタパタと足早に部屋を出て行きました。

 

私は部屋の入り口にいたので患者さんは私に気づかなかったのか、再度ナースコールを鳴らしたようで、今度はBさんが入って来られたんですね。
患者さんは床に落ちたクッションを拾ってほしいとの訴えで、Bさんはクッションを拾って足元に置き、足早に出て行きました。
患者さんの顔も、部屋の様子も見ないまま。
私が患者さんに近づくと、不機嫌そうな顔で「ちょっと!新聞取って」と言いました。
誰もいなければ、またナースコールを鳴らしたでしょう。
患者さんは、なぜさっきのコールのときに言えなかったのでしょうね。

 

で、この施設はナースコールが多すぎて、夜勤の休憩がまったく取れないことが問題になっていました。
ナースコールに対応する移動中に、さらにナースコールが鳴ったり、呼び止められたり、他に用事を頼まれることがしょっちゅうあります。
一人の患者さんに対応しながら次の患者さんのことを考え、次の患者さんのところに向かいながら業務のことを考え、業務をしながら朝の時間配分を考えて仕事をすることが看護師の日常かもしれません。
【関わり】よりも【援助】が優先になり、時間と「~しなければならない」で頭の中がいっぱいになっています。

 
…  …  …  …  …

 

 

このとき、看護師は目の前のことに気づけません。
思考が他にとらわれているとき、目は何となく見ていますが、何も気づかないのです。
もしかすると患者さんの目は足元の枕を探していたかもしれません。
何か言いたげな表情をしていたかもしれません。
イライラなどの感情にとらわれているときも同じ。
耳は言葉を聞いていますが、その声の質や微妙な間の意味合いに気づけない状態です。
そして患者さんは頻回にナースコールを押し、医療者も頑張っているのに、なぜだかお互い不満を抱えていきます。
コミュニケーションに問題があるんですね。

 

患者さんの問題行動はいろいろあります。
ナースコールが頻回、鎮痛剤を使い続けている、不眠、大声を出す、不穏状態、過剰にトイレに行くなど…
このようなとき不安が隠れていることが予測できますね。

 

 

 

もちろん一緒に勤務している看護師の状況を配慮する必要がありますが。
“15分だけ”その患者さんに時間を使うことは、可能ではないでしょうか。
一緒に働く同僚を信頼しなければなりません。
「あの患者さんのところに15分だけ行ってきてもいい?一度ちゃんと話を聞いてあげようと思うの。」
きちんと理由を伝えれば、きっと同僚はわかってくれると信頼してみましょう。

 

同僚の許可をもらったら、患者さんと落ち着いて話せる場所で、相手をちゃんと見て、ちゃんと話に耳を傾けます。
でも、話を聞くよりもっと大切なことがあります。
それは看護師の“意識の使い方”。
看護師は前後のことを一旦横に置いて心を安定させて、意識を「今ここ」に集中すること。
呼吸に意識を向けて深呼吸を行うと、それが可能になります。

 

心が安定している看護師と共に「今ここ」を感じることができれば、患者さんの心の状態も安定します。
何も話さないまま、その患者さんに意識を集中して時間を共有するだけでも構わないんです。
何を行うかは大して重要ではない。
たった15分の意識の違いがその後の患者に変化をもたらし、時間を超えた関わりになるでしょう。

 

 

 

するとね?
そのとき心地良さを感じた患者さんは、退院後、看護師が行なったのと同じように人に関わるようになるかもしれません。
自分の欲求を満たすことに躍起になっていた人が、家族との時間を大切にし始めるかもしれません。
時間に追われた生活をしていた人が、「今ここ」の感覚を大切にし始めるかもしれません。

 

患者さんは看護師の在り方を感じ取っています。
看護の本質は【どのように関わるか】です。

 


 

ナースが読む【心と身体のStudyMail】

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仕事が楽しくない、やり甲斐を失ってしまった、こんなはずじゃなかったのにと感じている看護師さん、ただがむしゃらに働いてるだけの看護師さんへ。

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