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仕事に追われて過ぎていく看護師の日常!「常識的な人」は「自分らしく」生きられない

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看護師の転職経験率は7割。
10年20年と経験を積むと、他の仕事に興味を持ち始めるのは当然のことだと思いますが。
看護師は、なかなか辞めることができない職業です。
なぜなら、世間が“看護師の仕事は素晴らしい”と評価されている職業だからです。
「看護師さんはいい仕事ですね」と言われると嬉しいけれど、
だからこそ辞めることに罪悪感を持ってしまいます。

 

いつの間にか背負っている周囲の期待。
いつの間にか背負っている経済的な責任。
その期待に応え、その責任を果たし“常識的な正しい人”であろうとするかぎり、
「自分らしく」生きることは無理なのです。

 

 

 

では“常識”ってなんでしょう?
その意味は「社会の構成員が有していて当たり前のものとしている価値観、知識、判断力のこと」とあります。
では“当たり前のもの”とは何でしょう?
実は常識には何も定義がありません。
何も根拠がありません。
日本中の人にアンケートをとった結果でもなく、一切論拠のないものです。

 

たとえば、あなたが思っている“常識”は、いつ誰から教わったでしょう。
おそらく、誰かが「常識でしょ」と言ったものを、
いつの間にか自分の常識にしてしまったのではないでしょうか。
誰かが「非常識よね」と言ったものを非常識であると思い込み、
そうでないものが常識であると思い込んだのではないでしょうか。
過去のどこかで与えられた“常識”に自分を当てはめているだけなのです。

 

たとえば会社が個人を面接するとき、その人の経験や意見から、特定の能力を見出します。
その能力が発揮されることを期待して採用します。
けれども、就職後はどうでしょう?
同じ時間に出勤し、同じ規則があてがわれ、皆と同じような意見や行動が望まれます。
採用された日から、会社は“常識的な人”を望んでいます。
それはまるで、個人が持っている特定の能力を“発揮するな”と暗示的に伝えられているのと同じなんですね。
皆と同じであれということは、個人が持っている能力・個性を認めないことと同じです。

 

なぜでしょう。
個人がとんでもなく高い能力を発揮した場合、国は国民全体を統制しにくくなります。
たとえば、法律は私たちを危険から守ってくれるものであると同時に、国民の行動を抑制するものです。
大人が子供に教える“しつけ”は道徳に基づいた教えですが、
それは国民の心を統制するためにつくられた中国の儒教の名残です。
親は子供に「常識的な人」になるように全身全霊でしつけをしますが、
それが心を抑制するものであると気づいていないことが、問題をわかりにくくしています。
あなたが「常識的な人」でいようとするかぎり、
個性を発揮して「自分らしく」生きるための選択にブレーキがかかります。

 

 

 

私が看護師を辞めたいと言ったとき、両親は反対でした。
「何を贅沢なこと言ってるの?」「世間は仕事がないって言ってるのに!」と。
ハローワークでは「え?看護師さんなのに、どうしてですか?」と驚かれました。
他に勉強したいことがあるためパート勤務で応募したとき、
面接官の師長にはなかなか理解してもらえませんでした。
「え?子供もいないのにパート?夜勤も入らないの?いずれ常勤になるでしょ?」と。
個人事業をやってみたいと言ったときは
「そんな簡単なことじゃないからやめなさい。雇われている方が安定しているんだから」と、
両親や親戚から何度も言われました。

 

どの意見が正しいのでしょう?
きっと正しい答えはないんです。
その意見はその人が持っている意見であって、常識はないんですね。

 

あなたはこれまで、自分の知識と経験に基づき、自分の価値観に従って、あらゆることを判断してきましたね。
その結果の積み重ねが、今の自分です。
もし現状に不満があり、変えたいと思うなら、
自分が常識としている正しい判断を一旦やめなければなりません。
世間に認められる自分、世間が正しいと判断する自分、世間の期待に応えたい自分でいるかぎり、
一般的な存在であり、自分らしく生きることはできないのです。
いつまで“常識的な人”で居続けますか?

あなたが自分の感覚に従って「えいっ!」と決めると、変わり始めます^^

 

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