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Yamasaki Rinko

日本文化が継承するもの

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「能」の招待券が当たったので行ってきました。

前回は初めてだったので圧倒されるばかりでしたが、今回はほんの少し「能」を受け取れたような気がします~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回のお話は「山姥(やまんば)」。

能は言葉が難しく、ストーリーに時代背景があるので、解説した冊子をくれます。

一応セリフみたいなものが書かれているのですが流派によって変わるところもあり、あり得ないほどゆっくり、言葉ひとつひとつを表現 していくため、一体どこまで進行しているのかさえ分かりにくい感じです。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おおまかなストーリーは、山姥の舞を得意とする京都の遊女が善光寺詣りをしようと旅に出かけた道のりで、険しい山道に入ってしまい 急に暗くなって山を越えられなくなってしまいました。

そこへ宿を提供してくれる女性が現れ、夜明けに山姥の歌を唄ってくれと条件を出しました。

実はその人は本物の山姥でした。

 

 

 

遊女とその供の者たちが、約束通り夜更けに歌を唄うと、本物の山姥が恐ろしい姿で現れ、遊女を前に舞を始めます。

自分が暮らす山の景色、山姥の境遇を語りながら、春夏秋冬に雪・月・花を訪ねて山廻りする舞を見せて去っていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
「能」は室町時代、「世阿弥」という人が伝えた芸能です。

世阿弥の舞があまりにも素晴らしく足利義満の目にとまったのが発展のきっかけだったそうです。

世阿弥は奈良の補巌寺という曹洞宗のお寺で修行をしていたため、道元氏の影響を受けており、能には禅の要素も含まれていると思います。

 

 

 

これはあくまでも私の想像ですが。

最後の山姥の舞から、とても苦しくて悲しい想いと、去って行くときの名残惜しそうな感情が伝わってきました。

山姥には世間一般の生活には戻れない事情があって悲しいけれど、遊女が自分の存在を舞を通して世に伝えてくれていることに感謝をしていて、だから遊女の前に現れて本物の舞を見せてくれたんじゃないかと思いました。

そして山廻りをするのは、魂の成長として避けることのできない「輪廻転生」を表しているのではないかと感じました。

 

 

 

能の独特の表現。

上下の動きをできる限りなくして摺り足で歩くことや、スローモーションの様な、ぞわっとする動きなど、そう簡単にできる演技ではありません。

唄い方もセリフも、通常の息継ぎとはまったく異なります。

そこに役柄を表現していきます。

おそらく、心に惑わされず、自分の体を完全にコントロールする力が必要だと思います。

 

 

 

私も心力教育のスキルとして、体の使い方で感情をコントロールしたり、呼吸コントロールで無意識的なものを意識化することをお伝えしています。

「能」はまさにその真髄と言ったところでしょうか。

インドのヨガ、イタリアのバレエやオペラ、バリ舞踊など、きっとそれぞれに継承するものがあるのでしょうね。

興味が尽きません~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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