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《内なる異性Vol.4》男性にとり憑く女性性ー否定的なアニマ

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ユングは「男性の中に情緒や感情が動いているときは必ずアニマが働いている」と言っています。
また「アニマは彼の仕事や、彼をめぐる同性・異性に対する、あらゆる情緒的な関係を深刻化し、誇張し、歪曲し、そして神話化する。」とも述べています。

 

 
男性がいつも闘いモードで、やる気に満ちて前を向いているわけではありません。影の存在であるアニマは、彼の自我やペルソナに対し相補的な役割りを行なうため、現実世界で大きな影響を与えている男性ほど、アニマに捕らわれやすくなっています。ましてや、自分自身の中に内なる異性の存在があることや無意識的な相補性があることを知らず、意のまま欲のまま周りを支配していると、本人は知らなくとも、同じだけアニマも威力を増してきます。多くの男性は不安や心配を表現することを自我で抑制し、内的感情を相手に伝えることによって人間関係を構築していくことを拒否します。するとアニマもまたさらに相補性を強化し、彼にとり憑くかのように猛威を振るい始めます。

 
男性の感情の背後には、いつもこのアニマがいます。彼が自分の感情を表現せずアニマに捕らえられると、憂鬱な暗い気分になり、不機嫌になり、過度に敏感になり、引っ込み思案になります。彼は客観性を失い、関係性を失い、それまでの男らしい姿勢を失って、徐々に気難しい男性になっていきます。こうした状態の男性は、人から何でもないことを言われただけで失望を感じ、突然気分が沈み込みます。男性特有の明晰さが曖昧になり論理がぼやけてきます。それはあたかも「一体感」をつくり出そうとアニマが働きかけ、すべての区別を曖昧にして、明らかな相違を無視しようとしているかのようです。ただ自分の意見だけを主張し、事実に対する配慮も、関係性や論理に対する配慮も失います。彼の議論は苛立たしくなり、辻褄の合わない意見となり、理性的な話し合いなど到底不可能な状態にしてしまいます。

 
また否定的なアニマは、男性の創造性をも否定します。男性が平凡さから抜け出し、何か創造的なアイデアを閃いたとき「あなたにそんなことできるの?」「もうすでに誰かがやってるんじゃないの?」「きっと誰も協力なんかしてくれないわよ」「うまくいくはずないわ」と心の中で言い始めます。男性の創造エネルギーは、無力化するようなアニマのささやきによって奪われていきます。どんな男性も、突然こういった状態に陥る可能性があります。彼はすでに感情に捕らわれているだけでなく、思考を型にはめ込み、明晰さの代わりに曖昧さを用い、当惑を生み出そうとする強力なアニマの犠牲者になっています。ユングは「男性がアニマにとり憑かれ、己のアニマがアニムスに変容したとき、男性はまるで女性そっくりの仕方で議論する」と指摘しています。

 

 

 

 

また多くの男性は女性との関係が円滑で気楽なものであることを望みます。感情的な議論や難しい問題に関わることを避け、妻や恋人たちは常に楽しい雰囲気で、平穏無事に自分と関わってくれることを期待しています。しかしながら、人間関係はそうもいきません。アニマは男性が自分の怒りの責任を果たさないとき、仕方なく代行します。「あなたはなぜ、何も言わないのですか。あなたが何も言わないなら、私が言います。」と言って、男性が適切な方法で自分の情動と折り合うまで、アニマは不平を言い続けます。もし彼が感情を表明しなければアニマが代わり、すべてを強調し、歪曲し、誇張して体現します。

 
関係性を取り持つアニマは、その存在を無視されればされるほど強力に育ちます。人との間に情緒的な繋がりをつくれない男性は、やがてアニマに支配された恨みがましい男性に成り果て、その感情は埋もれ火となって心の中でくすぶり続けます。そしていつまでも男性を悩まし「受動的で攻撃的な」相反する気分と行動の中で、間接的に相手を攻撃します。この状態の男性は非常に危険で、いつ怒りが爆発するかわかりません。彼は怒りを抱いているのではなく、怒りにとり憑かれている状態です。けれど、この状態が自分自身の相補作用であることに、多くの男性は気がつきません。自分の苛立たしい感情は相手の責任であると思い、いつでも発火する準備をしています。

 
自分自身の情緒との関わりを避ける男性には、母親に包み込まれたマザーコンプレックスの要素が隠れています。男性は自分自身の感情を関係性の中に表出することを恐れています。その恐れは、彼の中に生きている小さな少年の頃までさかのぼります。母親に叱られている男の子を思い出してみてください。母親に叱られているとき、少年は大変な不安を伴いひどく傷つき、なんとか母親の感情を和らげて関係を修復しようと努力します。女性の怒りや拒否は、とくに男の子に対して絶大な影響力があります。男性が恐れずに自分自身の感情を関係性の中に表出しないかぎり、女性との関係性を克服できず、その不快感を女性の責任にして腹を立てます。そしてついには、自分自身の男性的な魅力も失っていくことになります。

 

 

 

 

アニマがいかに男性の意識を歪め、いかに喪失感を与えるかがわかります。その支配力は、男性をしばらくの間不機嫌にさせ苛立たせるだけですむこともあれば、危険なほど憂鬱な気分にしてしまうこともあります。この気分が慢性的になれば、男性はアルコール依存症に陥ったり、深刻な抑うつ症状に悩むことになります。否定的側面を呈したアニマが男性にもたらすのは魔女のような作用で、男性の創造性を麻痺させ心を石にも変えてしまう強力な作用です。場合によっては、アニマの作用による重い気分が、男性を無力感に陥れ、自殺に追いやることさえあります。自殺未遂の数は女性の方が多いですが、実際に自殺を遂げる数は男性の方が多いのは、男性の中にこのアニマが存在しているからとも言えます。アニマが内部で「すべては空しい!」とささやき、男性は完全に絶望してしまいます。

 
そして女性は、男性を襲うアニマの気分にすぐに気づきます。彼がその気分に捕らわれると、関係性づくりが不可能になってしまうからです。その気分に邪魔をされてどうにもできず、まるで突然彼が別人になったようにさえ思えます。そんな男性との生活は女性にも影響するため、関係性を維持していくことが難しくなり破綻へと向かい始めます。彼は今まで、彼女が自分にアニムスを投影し女性を支配できていたかのような感覚を失い、焦り始めます。少年の頃の記憶が頭をもたげ、女性からの怒りや拒否に恐怖を感じるからです。自分の感情と向き合わない彼に対してアニマの威力はさらに強くなり、すべてを女性のせいにした恨みがましい男性となって深い抑うつ状態へと沈み込んでいきます。

 

 

 

 
ユングが自伝『思い出、夢、思想』の中で、無意識を活性化するために無意識の人格とはじめて連絡をとろうとしたとき、この破壊的な力が語りかけてくるのを聞いた、と語っています。その文章を転写します。
 
またその後に、古代ローマの武将マルクス・アントニウスが、エジプトの女王クレオパトラとの間で、彼を快楽と怠惰へ導き、人格を失わせた否定的なアニマの話を転写しておきます。

 

 

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ユング自伝『思い出、夢、思想』
ジョン・A・サンフォード/見えざる異性 より一部抜粋

 

 
これらの空想を書きとめながら、私はふと自問した。「私は一体何をしているのか?これは科学とはまったく関係のないことだ。それなら一体これは何なのか?」そのとき、私の中である声がこう言うのが聞こえた。「それは芸術です」と。私はびっくりした。今自分が書きとめていることが芸術に関係があるなどと、ついぞ考えたことがなかったからだ。…私には、その声が女性の声であることがはっきりとわかった。それは私の患者で、才能のある精神病質者の声で、彼女は私に強い転移を引き起こしていた。彼女がいつのまにか私の心の中で生きていたのだ。

 
私がしていたことは明らかに科学ではなかった。ならば、芸術以外の何物でもないではないか。それはまるで、それが唯一の二者択一であるかのようだった。こういうのがまさに女性の心の働き方というものだ。私はこの声に対して、断固として主張した。私の空想は芸術とは何の関係もない、と。すると心の中に強い抵抗を感じたが、もう声は聞こえてこなかった。そこでさらに書き続けた。すると再び声が襲いかかってきて、「それは芸術だ」と同じ主張を繰り返した。今度は私は、彼女を捕まえて言ってやった。「いいや、これは芸術なんかではない!反対に、これこそ自然なんだ」と。私はさらに議論するつもりで身構えた。…

 
私は、女性が内側から干渉してきたことに大いに興味をそそられた。…それになぜ、その声を女性のものと考えたのだろうか。後になって私は、男性の無意識のなかでは、内なる女性が一つの典型的な、元型的な役割りをしているのに気づくようになった。その内なる女性を、私は「アニマ」と呼んだ。

 
最初に私の関心を強く引いたのは、アニマのこの否定的な側面だった。私は彼女に少なからず畏怖を覚えた。まるで部屋の中に目に見えない存在を感じ取るかのようだった。…アニマの言葉には、狡猾さが満ち満ちているように思えた。もし私が、無意識からのこれらの空想を芸術と考えていたら、それはちょうど映画を見ているときのように、映像として知覚されるだけで、それ以上に何かを確信させる力はもたなかったろう。それらに、私が倫理的な責任を感ずることはなかったろう。

 
そして、アニマは容易に私にこんなふうに信じ込ませたかもしれないのだ。私は理解されない芸術家であり、私のいわゆる芸術的本性が、私に現実を無視する権利を与えてくれているのだ、と。もし私がアニマの声に従っていたら、アニマはたぶんあるとき再びこう言ったに違いない。「あなたがやっているそのくだらないこと、それが本当の芸術と言えるでしょうか?芸術とはまったく別物です」と。このようにして、無意識の代弁者であるアニマの暗示は、男を完全に破壊することもできるのだ。

 

 

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ローマの武将マルクス・アントニウスの悲劇
ジョン・A・サンフォード/見えざる異性 より一部抜粋

 

 
ジュリアス・シーザーが紀元前44年に暗殺された後、シーザーの養子であるオクタヴィアヌスが西の皇帝になり、アントニースは東の皇帝になります。アントニウスは彼の支配下に入ったさまざまな王や女王たちを治めるべく、新しい任地に向かいますが、その新しい配下の中にはエジプトの女王クレオパトラもいました。

 
ウィル・デュラントは彼女についてこんなふうに記述しています。「出生から言えば、クレオパトラはマケドニア人の血を引くギリシャ人で、髪は黒みがかったブルネット、というよりは恐らく金髪に近かっただろう。彼女は特に美人というのではなかったが、優雅な身のこなし、生気に満ちた肉体と精神、さまざまな芸のたしなみ、人当たりのいい態度物腰、それに音楽のように美しい声などは、その女王職の魅力とともに、このローマの武将を酔わせずにはおかぬ強い美酒となるのに十分だった。彼女はギリシャの歴史、文学、哲学ばかりか、ギリシャ語、エジプト語、シリア語にも通じ、その他いくつかの言語をも操ったと言われている。しかも彼女には、ペリクレスの愛妾アスパジアの知的魅力のほかに、いっさいの抑圧から解放された奔放な性的誘惑者の魅力があった。」

 
征服されたはずのクレオパトラではありましたが、アントニウスを迎えに出た彼女は、実は征服者となったわけです。その船には「紫の帆が張られ、船尾には金箔がほどこされ、銀色のオールは縦笛、横笛、ハープの音楽に合わせて漕がれていた。海の精、美の女神などに扮した彼女の侍女たちが漕ぎ手となり、クレオパトラ自身はヴィーナスの装いをし、金色の布で仕立てた天蓋の下に横たわっていた。」アントニウスはこの「誘惑的な幻影」と出会うやたちまち恋に落ち、こうして歴史上最も有名かつ悲劇的な恋愛事件の一つが始まります。

 
クレオパトラはアントニウスのいわば魂となり、その結果、彼に対して絶大な力をふるうようになりました。一方、彼の方は哀れなほどに無力化していきます。それは彼が、クレオパトラに投影されたものとしてしか、自分の魂を経験することができなかったからです。

 
これ以後、彼の将としての、また指導者としての適性は失われていきます。これまでのアントニウスは武名高い指導者として認められ、軍務に対する彼の勇気と献身によって、兵士からは絶大な忠誠心を勝ち得てきました。平時における彼の気まぐれな、快楽追求的な振る舞いがいかに嘆かわしいものであろうとも、いったん戦時ともなれば、彼は自らの最良のものを発揮して、勇猛果敢、すぐれた武将である自分を証明しました。

 
ところが、今の彼は、すぐれた武人の印となる決断力も失っています。例えばパルティア人との会戦の折にも、彼は明らかに有利な立場にあり、断固として闘いを進めていけば敵軍を征圧することもできたはずなのに、戦闘を延期し、その結果、敵軍が内紛を解決し、軍を立て直す機会を許す道を選んでしまいます。アントニウスは「自分の心を正しく制することもできず、媚薬か魔術の効力で、あらぬところを見つめている男」として行動したのです。

 
そして、その後の西のオクタヴィアヌスとの海戦に関して、このように書かれています。「この日の勝敗はいまだ決まらず、両軍の力は互角であった。しかしそのとき、突然、クレオパトラの指揮下にある60隻の船が、帆を高々と引き揚げて戦闘中の船団の真只中を突き切って全力で走りだした。このときのアントニウスを見て、敵軍は唖然とした。彼自身がクレオパトラの一部でもあるかのごとく、彼女の行くところいずこたりとも付き従わずしてあるものかといわんばかりに、彼は、己のために闘い、己のために生命を捧げるすべての兵士を見捨てて、自ら彼女の後に従ったのだ。すでに彼の破滅への道を切り開き、後にその破滅を完成させる女の後に。」

 
恋をする者の魂は、恋慕われる相手の体の中に住んでいるとは、昔から冗談で言われてきました。しかし、それが真実であることをアントニウスが証明したのです。指揮者の逃亡に失望したアントニウスの軍は、闘いに敗北します。その後も指揮官の帰りを待っていましたが、ついにアントニウスが帰らぬことを知ったとき、最も忠実な兵士たちでさえ、敵軍の麾下に走りました。アントニウスは、深い抑うつのうちにエジプトに逃れ、そこで彼の運命を待ちます。数カ月後、アントニウスとクレオパトラは自らの手によって死を迎えます。

 

 

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自分の感情を素直に表出できない男性の多くは、恐らく、未だに男尊女卑の偏った考えを持っていると思われます。それは個人的な経験によるものなのか、文化的、社会的背景によるものなのかは定かではありません。女性特有の情緒的なところや、曖昧さ、弱さ、論理性に欠けたところや、理解できない価値感などを、周囲の女性に感じているとすれば、それが自分の感情を素直に表出し、情緒的な関係性をつくることができない原因です。女性のそういった部分は、反面、創造的で、優しく、受容的で、自然的で、すべてを一体としてとらえようとする宇宙的な在り方を意味しています。女性の特性を否定し、男性性を誇示する男性ほど情緒的な関わりができず、突然アントニウスのように魔女性を投影して身を滅ぼしてしてしまうかもしれません。

 
もし文化的、社会的背景による偏った考え方を持っているのであれば、それは古い情報で洗脳されたままの状態を維持しています。時代は変わり、男性性で築き上げてきた物質的な時代は破綻を迎え始めています。私たちは、日本だけでなく、大きな震災や異常気象で手に入れた物質的なものを一瞬にして失う経験を何度もしています。また長く続く景気の低迷で、人々は物質的なものでは満たされなくなり、精神的な充足を求めています。時代の変化とともに社会は女性性を求めているのです。変化に目を背け、男性に価値を置き続けるのではなく、女性には女性特有の価値があることを受け入れたとき、二人の関係性の中に情緒を表出できるようになると思います。

 
男と女。どちらが強いわけでも、どちらが弱いわけでもありません。どちらもそれぞれに特性があり、人類が発展するためにどちらも必要な存在です。多くの女性は男性に勝とうとしているのではなく、お互いに認め合える、情緒的で抽象的な素晴らしい関係性を望んでいます。また人間だけが欲求を満たし充足するのではなく、常に自然とともに在ることを望んでいます。それが、女性の無意識の根源にある「一体感」です。お互いの性の素晴らしいところを補い合い、発展させていくことが人類の進化です。そして私たちは互いに、内なる異性を持つ両性具有なのです。

 

 

 

 
ー参考文献ー
内なる異性/エンマ・ユング
人間と象徴/C・G・ユング
元型論/C・G・ユング
見えざる異性/ジョン・A・サンフォード
昔話の深層~ユング心理学とグリム童話/河合隼雄
ギリシャ神話入門/長尾剛
ユングの世界/E・A・ベンネット

 

 

 

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