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女性の進化~過去から学ぶ女の結婚と離婚。

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北鎌倉に「東慶寺」という尼寺があります。
春は梅や桜が咲き、秋は紅葉に包まれる美しい静かなお寺ですが、このお寺は江戸時代から「女性の駆け込み寺」として有名なのだそうです。
臨済宗の寺院で開山したのは鎌倉幕府・北条時宗夫人。
江戸時代には幕府も承認する縁切寺として知られ、日本で唯一の、女性の離婚に対する家庭裁判所の役割を果たしていました。
中門は男子禁制の結界だったそうです。

 

封建時代の上流武士は儒教で育っていたため、「女三界に家なし」という考えで、妻が夫を嫌って別れたいなど決して思ってはいけないことだとされていました。
※「女三界」とは、女は幼少のときは親に、嫁に行ってからは夫に、老いては子供に従うものだから、広い世界のどこにも身を落ち着ける場所がない、という意味。

これを元に一般に女性は、明治以降現代に至るまで「七去三従」に束縛されていました。
※「七去」とは、夫が妻を離婚できる七つの条件。これに一つでも該当すると、離婚することができる。
1.舅に従わない
2.無子
3.多言
4.窃盗
5.淫乱
6.嫉妬
7.悪疾
※「三従」は、
1.生家では父に従う。
2.嫁にいっては夫に従う。
3.夫の死後は子に従う。

現在の離婚届は、当時は「離縁状」「去状(さりじょう)」「暇状(いとまじょう)」「隙状(ひまじょう)」「縁切状」「手間状」と呼ばれ、東慶寺は女性が駆け込み3年奉公すれば結婚は無効であるとして、夫方を呼び出して「離婚せよ」と命令し「離縁状」を渡してくれる公的な縁切り寺でした。

 

 

 
封建時代には、女性は結婚の自由はもちろん、離婚の自由さえありませんでした。
結婚という意識より「家を継ぐ」という意識が高く、女性は攻略結婚に利用され、有無を言わさず顔もろくに知らない相手に嫁がされました。
どんなに横暴で非道な虐待を受けても、いったん嫁いだ女性は死ぬまで我慢しなければなりません。
また家風に合わない、出しゃばり過ぎという一方的な理由や、3年経っても子供ができないという理由(それが夫側の原因であっても)が離婚の正当な理由とされ、家を追い出されました。
離婚はあくまで夫や家の意志によって決められて妻の意志はまったく無視され、妻が夫と別れたいときは死ぬしか道がありませんでした。

 

ただひとつ、この東慶寺にたどり着けば法律の届かない場所になっていて、ここで3年間奉公すると離婚が認められました。
夫の暴力や虐待に苦しめられた女性たちは、必死の思いで鎌倉まで走り続け、東慶寺に駆け込み、生きる自由をこの尼寺に求めました。
追手に追われ逃げきれず、連れ戻される哀れな女性もいたそうです。
東慶寺の石段の下までたどり着くと、追手に終われた妻は必死になって履物を境内へ投げ入れました。
それが片方でも境内に届きさえすれば有効で、体が捉えられたとしても妻の逃走は認められるという決まりがありました。
今から考えると信じられないことですが、女性はそれほど結婚・離婚の場において自由も人格も認められていなかったということです。

 

 

 
この状況を大きく変えたいちばんの要因は、男女平等における「女性の職業選択の自由」ではないでしょうか。
このことが女性に生活力を与え、未来を与え、自由を与えたと思います。
生活力を得た女性は今までのような「家」の観念にとらわれる必要がなくなり、結婚相手を選択し、また離婚という決断が増えて当然かもしれません。
東慶寺に代わり家庭裁判所で、妻から離婚訴訟を起こす数は年々増加しています。
現代の妻は昔のように、夫の横暴に泣き寝入りしないし、理不尽な姑に非人間的な忍耐を続けようとは思わないでしょう。
仕事のため、新しい恋のため、自分の人生を得るために離婚したがる女性も増えてきているのが現状です。

 

けれど離婚に踏み切る場合、相当な勇気とエネルギーが必要です。
結婚に踏み切る勇気は、情熱が支えになってくれるし、これからの新生活や未来に夢を描くことができます。周囲の応援や祝福が力になります。
離婚の場合はその逆で、冷めた気持ちで冷静に現実と向き合わなければならないし、これからの不安を直視しなければなりません。
親や姉弟から責められ、子供に罪悪感を感じ、世間の中傷も覚悟しなければなりません。

 

でも、この苦しさを乗り越えた女性だけが、女性として人生の「ひとつの峠」を乗り越えたことになるのではないでしょうか。
「離婚される」しかなかった女性が「自ら離婚する」へ。
このことを私たち女性は誇りにしてもいいと思います。
女らしさを失ったわけではなく、母性がなくなったわけでもなく、道徳的でなくなったわけでもなく、ただ「自分の人生を取り戻した」のではないでしょうか。
離婚して後悔した話も、お金に困って親子が餓死した話も聞いたことがありません。
ひとつの峠を超えた女性はただ強くなるのではなく、柔軟にしなやかに生きていくすべを身につけ、その一生懸命な姿に周囲から賛同を得られる存在になっていくのかもしれません。
女性として花嫁衣装は夢を掻き立てるものであることに変わりはなく、疲れたときに夫のたくましい胸に体をあずけて眠ることが、女性にとって何よりの安らぎであることも変わりありません。
ただ昔のように、たったひとりの人と一生添い遂げなければならない時代は静かに過ぎ去ろうとしていることは確かです。

 

 

 
では、現代の「女性の駆け込み寺」はどうなっているのでしょうか。
今はDVから女性を守る施設として駆け込み寺はあります。
内閣は各都道府県に1つずつ設置するよう指示していますが、財政事情によりほとんどの都道府県は実現しておらず、民間企業に頼っています。
しかしながら市町村が力を入れているところもあり、住んでいるところが政令指定都市であれば設置している可能性があります。
ただ公にできない施設です。
DVの夫が追いかけてくる危険性が高いため所在地は公開されず、高い塀に囲まれ中が見えないようになっています。
今でもかなりの数の女性が夫のDVに耐えかねて、子供の手を引き駆け込んでくることは珍しくありません。
限界まで我慢するのではなく、いざというときのために市町村や都道府県の窓口に相談しておくのがいいと思います。

 

女性には多くの役割りがあります。
娘として、社会人として、友達として、妻として、母として、嫁として…
結婚・離婚の問題に伴い子供や職業、家の問題も発生します。
なぜ女ばっかり…と思うかもしれません。
でも「女性にしかできない」のであり、「女性だからできる」のです。

 

女性はちょっとした変化に気づき、直感力に冴え、柔軟で協調性があり調和する能力があります。
双極にあるものをバランスし、想像力が豊かで全体を観て自分の存在意義を見出します。
それは多くの役柄をバランス良くこなし、全体の調和を図る存在。
宇宙的とも言えるでしょう。
その理由は《Ms Libertyメソッド》のいたるところにあります~
世間の常識非常識や善悪の価値基準、他者の意見によって自分の人生を選択できず、後で後悔する女性の人生にならないことを願っています。

 

 
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