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Yamasaki Rinko

“女性の日”に思ったこと。

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8月9日は南アフリカでは“女性の日”でした。

女性のことについていろいろ調べてみたり、男女について想いを巡らせる一日でした。

 

 

 
1948年南アフリカでは、白人・黒人・アジア系など人種によって差別をする法律が制定されました。

選挙権や就業、住居、罰則、教育にまで人種によって差別し、黒人が財産を持ってはいけないことや、公共のトイレを区別するなど、日常の細部まで法律で決められたそうです。

また、自分の人種を証明するパスを身につけていなければ逮捕され、強制送還される法律もあったそうです。

そして、もちろん恋愛も。

異なる人種での恋愛や結婚は許されませんでした。

 

 

 

 

当時、抵抗する多くの女性たちが反アパルトヘイト運動に参加し、暗殺や拷問にさらされながらも闘い、1956年8月9日約2万人の女性たちが一斉にデモを行ったそうです。

その8月9日が、現在「女性の日」とされ祝日になっています。

 

 
このアパルトヘイト政策が廃止されたのは1980年代に入ってから。

完全撤廃されたのは1994年です。

差別問題が消えるまで10年はかかるとされていますが、現在もまだその陰は色濃く残っているそうです。

女性に対してはレイプやHIV感染などがあり、安心して住めないことが大きな問題のようです。

ただ、女性たちの“パンビリ(前進する)”という気持ちと行動力は強く、南アフリカでの女性の活躍はめざましく、女性の国会議員の割合は44.7%で世界第3位になっているそうです。
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1994年と聞いて驚きました。まだ最近です。

私が看護師として社会に出た頃、南アフリカでは差別が公然と行われていたとは。

日本においても“男尊女卑”という背景があり、男女平等を強く訴えて立ち上がった女性たちがいました。

そのおかげで今の女性は選挙権を持ち、自由に就業することができ、祖母辺りの時代に比べるとかなり自由に生きることができています。

 

 

 

 

けれども。

私のようなまだ無知な、いち社会人女性が意見をするのはおこがましいですが、

これからの日本においては、“男女平等”という考え方を超えて行けるのではないかと思っています。

なぜなら、男性・女性それぞれに、なくてはならない特質があるから。

どうしても“同じ”扱いはできないと思います。

“同じ”扱いをすることで、それぞれの特質が活かせなくなってしまうのではないかと懸念してしまいます。
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原始時代にも男性・女性、それぞれが役割りを持っていました。

それはまだ一般常識や夫婦としての決まりもなく、周囲の情報を得ることすらできない時代。

恐らくそれぞれが持つ能力に合わせ、自然に形作られた役割りだったと想像します。

 

 

 

 

男性は外へ狩猟に出かけ獲物を持ち帰ることで家族の命を守るのが、役割りになっていたようです。

狩猟能力に長けている男性は、空間を立体的に捉えることができ、それは物事を多角的に捉える能力に繋がっています。

よってパソコンが得意だったり、車の扱い、機械物の組み立て、運転技術に能力が発揮されます。

また、獲物という成果報酬を得ることにエネルギーを費やしてきた男性は、現代の社会活動においても結果を求め目標達成に対して女性よりも意欲的かもしれません。

それは男性の会話からも伺えます。

経過を話してから結果を言うという女性的な会話に比べ、男性はまず結果を述べるところから始まっていたり、経過を聞くよりも答えを出そうとして、女性の会話と噛み合わなくなることが多々あります。

また男性が女性より論理的であることも、獲物を捕るための考え方として構築してきた思考パターンの影響なのかもしれません。

もちろん女性より体が大きいこと、体力があるのも、狩猟を役割りとしていた名残であると考えられます。

 

 

 

 

そして女性はというと。

男性が狩猟にでかけている間、家を守ることが役割りになっていました。

まだ洞窟や穴ぐらで生活していた時代なので、あらゆる動物から自分を含め子供たちの身を守らなければなりません。

力の弱い女性が敵と戦うために、周囲と協力し合う必要がありました。

そのため女性は細かなことに気が付き、人に敏感でコミュニケーション能力に長けています。

平和や調和を求め、柔軟性があり、場を大切にします。

 

 

 

 

これらは、あくまでも“私自身の意見”です。

思い込みや偏りがあるかもしれませんが、今まで読んだ多くの本からの情報もあり、私自身が実際に感じていることでもあります。

ただ、こういう視点で男性・女性を観ると、それぞれに、それぞれの特質があって、男女が違うことは否めないと思います。

よって、職業選択の自由はもちろん必要ですが、実際には得意・得意でない、の差は生じて当然ではないかと考えます。

また経済面は男性が、家事育児は女性が、というのも、すべてではありませんが、それぞれの能力に応じた背景があると思います。
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私自身は男性・女性という対照的な考えよりも、

個人を《男性性》《女性性》で捉えています。

 

 

 

 

精子と卵子が融合してひとつの命が誕生するとき、まだ性別は決まっていません。

母体にいる数週目の頃、その生命体は母体から男性ホルモンを浴び、それから生殖器が作られるそうです。

その浴びたホルモンの量によって、男性性の強い男性や女性性の強い男性、男性性の強い女性や女性性の強い女性、が生まれて来るそうです。

よって、コミュニケーションに長けている男性や、空間認識能力に長けている女性、細かなことによく気がつく男性、論理的思考の女性など、さまざまな個性が発揮される人が生まれると捉えています。

 

 
つまり、生殖機能以外の部分は、一概に男性・女性と二分できないのかもしれません。
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そして男女は双極性に存在するものではありません。

性が二分されているため正反対のように感じますが、男女である前にどちらも人です。

共通している部分が殆どで、持っている生殖機能によって異なるだけ。

あとはぞれぞれが有する男性性・女性性によって個性が生じています。

つまり『相違』両方が在るということです。

 

 
同じところを尊重し合い、違うところを尊重し合うこと。

お互いがお互いの性を重んじて、それぞれの能力を統合することで、新たなものを生み出していく。

それが、これからの男女の在り方なのではないかと考えます。
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性は人間だけでなく、植物にも動物にも昆虫にも、命あるものすべてに存在します。

つまり《性は万物の根源》。

 

 
もしこの世を創った神様が存在しているとしたら。

その神様は、なぜ『異なる二つの性』を創ったのでしょうか。

もしかすると、相違する二つの生き物がお互いを理解し尊重し、認め合い協力しあって何かを生み出していくことを願いながら、創ったのかもしれません。。
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※今回の記事は、私自身の性に対する考えを述べています。

とても繊細でデリケートな問題で、人それぞれに様々なご意見があって当然と思っています。

人がより発展していくためのご意見があれば、ぜひコメント・メッセージなどお願いいたします。

 

 

 

関連しているサイト

http://getnews.jp/archives/242143

http://www.rengein.jp/archive/koufuku/koufuku.97.html

 

 

 

 

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